「……頼む。俺に、化かし方を教えてくれ」
ポン助の言葉が、風に吸い込まれて消えた。 妖狐は、しばらくポン助の目をじっと見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「よかろう。だが、口約束だけでは信用できん。……狸というのは、すぐに裏切る生き物だからな」
「う、裏切らねぇよ!」
「なら、証拠を見せろ」
妖狐は自分の鋭い爪を、己の舌先に突き立てた。 プツリ、と赤い血の玉が浮かび上がる。 白い毛並みに、鮮血がどろりと流れた。
「ひっ……!」
ポン助が息を呑む。 妖狐はその血を爪先ですくい取ると、ポン助の額(ひたい)に押し付けた。 硬く冷たい爪と、熱い血の感触。
「動くな。これは『呪い』であり『絆』だ」
妖狐は血塗られた爪で、ポン助の眉間に奇妙な紋様を描いていく。 ジジジ……と肉が焦げるような音がして、激痛が走った。
「ぐ、うあああっ……! あつ、熱い!」
「耐えろ。私の血を、お前の体に入れるのだ」
激痛は頭の芯まで響き、ポン助の視界が赤く染まる。 全身の血が沸騰するような感覚。 自分が自分でなくなっていくような恐怖。
やがて、妖狐が爪を離した。 額の痛みは、ズキズキとした脈動に変わっていた。
「……終わったぞ」
ポン助は荒い息を吐きながら、地面に手をついた。 汗びっしょりだ。 恐る恐る顔を上げると、目の前に妖狐が立っている。
だが、何かが違った。
妖狐の体の周りに、ゆらゆらと揺れる『黒い影』が見えるのだ。 いや、妖狐だけではない。 枯れ木からも、岩からも、そこにあるはずのない『気配』のようなものが、色付きの靄(もや)となって立ち上っているのが見えた。
「こ、これは……?」
「『心』の色だ。お前にはもう、世界が今まで通りには見えん」
妖狐は舌の傷をペロリと舐め、ニヤリと笑った。
「ようこそ、修羅の道へ。……これで一蓮托生(いちれんたくしょう)だな、相棒」
ポン助の額には、赤く光る契約の印が、焼き印のように刻まれていた。
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