🦝 狸の里 第七話「儀式」

狸の里

「……頼む。俺に、化かし方を教えてくれ」

ポン助の言葉が、風に吸い込まれて消えた。 妖狐は、しばらくポン助の目をじっと見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「よかろう。だが、口約束だけでは信用できん。……狸というのは、すぐに裏切る生き物だからな」

「う、裏切らねぇよ!」

「なら、証拠を見せろ」

妖狐は自分の鋭い爪を、己の舌先に突き立てた。 プツリ、と赤い血の玉が浮かび上がる。 白い毛並みに、鮮血がどろりと流れた。

「ひっ……!」

ポン助が息を呑む。 妖狐はその血を爪先ですくい取ると、ポン助の額(ひたい)に押し付けた。 硬く冷たい爪と、熱い血の感触。

「動くな。これは『呪い』であり『絆』だ」

妖狐は血塗られた爪で、ポン助の眉間に奇妙な紋様を描いていく。 ジジジ……と肉が焦げるような音がして、激痛が走った。

「ぐ、うあああっ……! あつ、熱い!」

「耐えろ。私の血を、お前の体に入れるのだ」

激痛は頭の芯まで響き、ポン助の視界が赤く染まる。 全身の血が沸騰するような感覚。 自分が自分でなくなっていくような恐怖。

やがて、妖狐が爪を離した。 額の痛みは、ズキズキとした脈動に変わっていた。

「……終わったぞ」

ポン助は荒い息を吐きながら、地面に手をついた。 汗びっしょりだ。 恐る恐る顔を上げると、目の前に妖狐が立っている。

だが、何かが違った。

妖狐の体の周りに、ゆらゆらと揺れる『黒い影』が見えるのだ。 いや、妖狐だけではない。 枯れ木からも、岩からも、そこにあるはずのない『気配』のようなものが、色付きの靄(もや)となって立ち上っているのが見えた。

「こ、これは……?」

「『心』の色だ。お前にはもう、世界が今まで通りには見えん」

妖狐は舌の傷をペロリと舐め、ニヤリと笑った。

「ようこそ、修羅の道へ。……これで一蓮托生(いちれんたくしょう)だな、相棒」

ポン助の額には、赤く光る契約の印が、焼き印のように刻まれていた。

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