恐山──。
そこは、ポン助がこれまで暮らしていた里とは、まるで別世界だった。
草木は枯れ果て、むき出しの岩肌からは鼻を突く硫黄の臭いが漂っている。
地面から立ち上る白い蒸気は、まるで死者たちの溜息のようだった。
「……うう、寒いし、臭いし、気味が悪いなぁ」
ポン助は身震いしながら、腰の徳利に手を伸ばした。
なけなしの酒は、もう残りわずか。
里を追い出されるとき、こっそり持ち出した安酒──今の彼にとって、唯一の心の支えだ。
「一口だけ……一口だけだからな」
自分に言い訳をしながら栓を抜こうとした、そのとき。
鼻先に、硫黄とはまったく違う“鉄の臭い”がかすかに混ざった。
生々しい、血の臭い。
ビクリとして、枯れ木のようになった茂みの陰を覗き込む。
そこには、白い塊が倒れていた。
雪ではない。
白銀の毛並みを持つ、一匹の狐だった。
その美しい毛並みは赤黒く染まり、脇腹には禍々しい呪符が矢のように突き刺さっている。
陰陽師にでもやられたのだろうか。
「ひ、ひえっ……妖狐だ!」
ポン助は尻餅をついた。
狐といえば、狸にとっては宿敵。油断ならない天敵だ。
関わればロクなことにならない。
見なかったことにして逃げる──狸として、いや、生き物として当然の判断だった。


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