K大病院での検査まで、3週間。
思いがけず生まれた空白が、
静けさとは逆のざわめきを生んだ。
癌──
そう告げられてからというもの、
周囲を見回しても身近に同じ境遇の者は見当たらない。
なぜ、私なのか。
告知とは何なのかも曖昧だった。
K大病院で検査を終え、その時こそ正式な宣告となるのだろうか。
逆に、癌でないと言われればこの現実は消えるのだろうか。
心のどこかで
「そうであってほしい」と願いつつ、
淡く、深く息を吐いた。
昭和の世を生きた私たちは
テレビや新聞、漫画を通して
癌=死
という物語を飲み込んで育った。
芸能人の記者会見、
ドラマの終幕、
報道の陰り──
その多くが、死へ向かう物語だった。
昭和の影は、今も胸の底に沈んでいる。
だが、私は冷静だった。
表面は動揺していても、核はいつも怜悧に状況を測る。
──感情が100%にならない。
どこか哀れな作りの人間なのだろう。
死んだ後のことを考えた。
家はどうなる、
家名はどうなる。
子はない。
私が逝けば、家が途絶える。
代々続いた家系を私の代で絶やすわけにはいかない。
妹には二人の息子がいる。
いずれ誰かに継いでもらうのか。
しかし家業は不動産。
私は会社勤めと両立させたが過酷な道だった。
無理な負担を背負わせたくはない──
歩く。
金閣寺から妙心寺へ。
足より先に、思考が進む。
その日々は、瞑想のようで奔流のようで
K大病院の診察を待つしかできない無音の時間だった。
そして診察の日が静かに訪れる。
📘 次の話
🕯️ 第4話
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